「これからの「正義」の話をしよう」文庫版がロングセラーに(タイムボカン24、シン・ゴジラにも触れています)

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さて、久々の更新です。

タイムボカンの新作『タイムボカン24』がやりますが、
今回は、大河原邦男は参加しますが、山本正之天野喜孝は参加しないようですね。
特に、山本正之が不参加ということは、こちらのまとめサイトが詳しいです。

*「山本正之先生が「タイムボカン24」にノータッチであることが判明」
http://bokan24.com/archives/6764176.html

山本正之は実写のヤッターマンの方は、他の作曲家と共同ではありますが参加してるんですけどね。
天野喜孝は実写のヤッターマンには参加していたと勘違いしてましたが、
調べたら寺田克也の間違いでした(笑)。
寺田克也もゲームの方で有名になった人なのでゴッチャになりました。

天野喜孝は、ファイナルファンタジーのキャラクターデザインをやってましたね。
ファイナルファンタジーのキャラクターも、キャラクター自体は
ポリゴンCGにすると、タツノコ時代の雰囲気が少し残っている感じがしますね。

天野喜孝本人のこの時期の絵は、もう今の幽霊みたいな絵柄になっちゃっていた頃なので、
ポリゴンCGやコスプレ衣装にした時の方がどういうデザインかがよくわかります。
しかし、あの絵柄になってから、あんなに有名になるとは思わなかったです。

ファイナルファンタジーは内容的には、一応世界を救うという話らしいのですが、
発表したのが90年代で、いわゆる自分が批判している
ニューアカデミズム(フランス現代思想)の日本でのブームを反映しているようなところが
細部にあるようなので、あんまり好きじゃないですね。
ゲーム自体があんまり好きじゃないですが。

特に、ファイナルファンタジー4で、正義という言葉か概念を否定するようなセリフがあるのが気になります。
(プレイの進行具合ではでてこない場合もあるそうですが)

「正義よりも正しいことよりも、大事なことがある。 いつかわかる時がくる。」というセリフですね。
下記のサイトを参照。

*「ファイナルファンタジー用語辞典 Wi」
http://ffdic.wikiwiki.jp/?%A5%BB%A5%EA%A5%D5%2F%A1%DA%C0%B5%B5%C1%A4%E8%A4%EA%A4%E2%C0%B5%A4%B7%A4%A4%A4%B3%A4%C8%A4%E8%A4%EA%A4%E2%A1%A2%C2%E7%BB%F6%A4%CA%A4%B3%A4%C8%A4%AC%A4%A2%A4%EB%A1%A3%20%A4%A4%A4%C4%A4%AB%A4%EF%A4%AB%A4%EB%BB%FE%A4%AC%A4%AF%A4%EB%A1%A3%20%A1%DB

(リンク先のサイトでの議論を見てのとおり、ファンの間では、
このセリフを正義という言葉か概念を否定していないような意味に解釈するという見方もあるようですが。)

この日本でニューアカデミズムが流行った90年代は、本当は海外では
フランス現代思想の代表的な学者のデリダが『法の力』という本で「脱構築は正義なのだ」ということを書いて、
事実上、それまで言っていた「脱構築」を撤回するようなことを言っていたので、
今となっては通用しない部分もあると思います。
ファイナルファンタジー4は91年、デリダ『法の力』は94年と、『法の力』の方が数年あとですが)

デリダ脱構築を正義といっていたことや、
ロールズの正義の原理などから考えても、対立する勢力の争いが泥沼化した場合は、
うまく両者をなだめて状況を安定させるのも、法哲学的には本来は正義ということになるはずなのですが、
なぜかこういう視点が国内の大手マスコミに出てくる文化人たちにはないのが不思議です。
ファイナルファンタジー4の先のセリフも、ゲームの内容から考えると、
そういう大手マスコミの文化人たちに影響を受けたもののようです。

そういえば、サンデルの「これからの「正義」の話をしよう」が文庫化されて、
アマゾンでは現在も「イギリス・アメリカの思想」というカテゴリーでベストセラーになっていますね。
この本で、リベラリズムの代表的な学者のロールズの名前が日本に知れ渡ったのは本当に良かった。
(逆に、それまで日本で全然知られてなかったのが異常です)
ロールズの代表的な本の『正義論』も、早く文庫化されることを期待します。

話は変わって、シン・ゴジラが大ヒット中ですが、
単なる初代ゴジラのリメイクかと思いきや、
ゴジラの設定が別の怪獣かと思えるほどに変更してあり、
原点回帰のようで原点回帰ではない不思議な作品になっていますね。
全体的には政界を風刺した感じの政治劇で、なかなか楽しめました。

シン・ゴジラを見に行った時、
仕事関係の友人たちと見に行ったのですが、
その中で、今まで全然ゴジラを見たことがない、という女子(30代)がいて、
見終わった後に、「今までのゴジラシリーズも見たくなった」と言っていました。
作品の中に、今までのゴジラシリーズのいろいろなオマージュが入っている、
という話をネットなどで読んだそうで、音楽も一部昭和ゴジラの音楽を使っていたのは
気づいたようで、そういう作品に入っている小ネタがわかるようになりたい、
と言っていました。

こういうように、それまで国産の特撮物やアニメを見ていない人が、
旧作にも興味を持ってもらえるようになる、というのが、
理想的な状況だと思えるのですが、大手マスコミの批評家や編集マンなどは、
それまでの国産の特撮物やアニメを見ていた人たちを叩きたくてしょうがない、
というのがあるようで疑問が残ります。

ゴジラが初めて一番ゴジラらしい形の第四形態になって出てくる時の
音楽が、メカゴジラの逆襲の時のゴジラのテーマの流用(途中で電子楽器の音が入るもの)
だったのには驚きました。

思えば、ゴジラの秘密を研究し解明しながら、世間を憎んでいたために、
資料をわざとわかりにくくして世間に復讐をしようとしていた
という牧博士の設定は、メカゴジラの逆襲の真船博士のイメージが入っているのかもしれません。

あと今回のゴジラは、海底の放射性廃棄物を食べて成長したという設定で、
4段階に変形する上に、飛行能力もえるかも、と言われていたりするところは、
かなりヘドラに似ていると思います。

最初は、なかなかゴジラの存在を世間が信じないというところや、
逃げ遅れた人を救うために攻撃を中止するところ、
ゴジラを倒すために東京にアメリカが核攻撃をしようとするところは、
帰ってきたウルトラマングドンツインテール編のオマージュっぽいですね。

庵野秀明は、シン・ゴジラを作る際に「自分の専門はウルトラマンであってゴジラではない」
と発言していたそうで、このことや、近年のウルトラの新作の視聴率が低迷していること、
シン・ゴジラの大ヒットを受けて、円谷が庵野秀明に新作ウルトラの制作を依頼する
という可能性も、ないともいえない状況になってきたように思います。

庵野秀明がウルトラを本当に作ることになった場合、
ウルトラマンタロウは面白いので見てください」と言ったり、
「レオの良さは大人になってからわかった」と発言していた、
エヴァ1作目(テレビシリーズ)を作った直後のようなスタンスのままで、
作ってくれることを切に願います。

実は、最近まで知らなかったのですが、庵野秀明団時朗の対談というのが、
WOWOWのミニ番組であったんですね。
この時も、庵野秀明は「帰ってきたウルトラマン」について
「ドラマとしては、この番組が一番好きです。カメラが凝っているし、画面もすごく良かった」
と言っていたそうです。

*「庵野秀明監督「帰ってきたウルトラマン団時朗と対面!ミニ番組でウルトラ愛炸裂!」
http://www.cinematoday.jp/page/N0058479

 * * *
日本でのイジメの原因は、内向的な人をいじめる流行がずっと続いたことが原因と思われます。
詳細は下記のリンク先のブログの記事をどうぞ。
*ブログ「ワンダばステーション日記帳」内「いじめの原因も内向型人間への差別」

wandaba2019.hatenablog.com



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