ベンサムの予定調和説

さて、以前この日記で、朝日新聞の今年の9月8日の「天声人語」で『木枯らし紋次郎』と『必殺仕掛人』を「反体制時代劇」と書いていたことを批判しましたが、これの補足のようなことを書いてみようとおもいます。
*参考『反体制ではなくて反動ではないか』
http://blogs.yahoo.co.jp/wandaba_station/56599245.html

この日記で、『必殺仕掛人』は商売で悪を葬る話なので、筆者は「時代劇ヒーローの傭兵化であって、民営化ではないか」と批判しましたが、ある読者の方から
「金持ちの依頼は基本的に受けないのが通例です。報酬もメンバーが知人の払ったお金に自分のお金を上乗せしてみんなで分けるのが普通で、赤字を承知で知り合いが殺された恨みを晴らしているのが通例です。」
というご指摘をうけてしまいました。昔観たっきりで、こういう設定をよく覚えてなかったみたいで反省してます。

そうはいっても、やはり金持ちからでなくても金にこだわるというだけで、本来は資本主義よりといえます。共産主義の究極の理想は、すべてが無料で配給されることですから。やや、時代劇ヒーローが、資本主義の方向へ傾いたとはいえます。

で、前述の朝日新聞の9月8日の「天声人語」では、前の日記でかきわすれていましたが、文章の最後の部分もかなりひっかかったのです。
この文章の最後は、近い将来に解散総選挙になった場合のことについてふれており、「「晴らせぬ恨みを…」と思いつめることもないが、ここで「あっしには関わりのねえこって」と紋次郎を気取ってはいけない。すぐそこに総選挙という、国民の「ワンマンショー」が控えている」となっています。
(本当は朝日新聞の公式サイトからリンクしようとおもってたら、朝日のサイトは1週間分しか無料でみれないようになってるんで、図書館でわざわざ古新聞をコピーしてきました。)

この選挙を「国民のワンマンショー」としてとらえるというのは、「自分自身の利益のみ考えて投票する」という意味にとれますが、こういう「自分自身の利益のみ考えて選挙に投票する」という考え方はベンサムの予定調和説に相当します。

副島隆彦『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』(講談社)によると、ジェレミーベンサムは18世紀の法思想家で「人間は快楽、幸福をもとめて苦痛をさけるべき」という「功利主義」を唱えました(p227)。この「功利主義」が、資本主義に相当し、アメリカの保守思想の個人主義であるリバータリアンリバタリアン)のルーツなのです(p228~229)。

こういうベンサムの「功利主義」を「快楽主義」という言い方をすることもあります。ウィキペディアの「快楽主義」の項を参照。また、「ベンサム 快楽主義」という言葉で検索すると、たくさんかかります。
この快楽主義への批判は、もうこのサイトを立ち上げてから、ブログに日記を移行するまえから、本サイト『ワンダバステーション』では一貫して批判してきたものです。(この点においては、ウチのサイトの主張はずーっとぶれてません。)

小室直樹ソビエト帝国の最期―"予定調和説"の恐るべき真実』(光文社)によると、このベンサムは、アダムスミスの「神の見えざる手」を選挙に適用しました。
国民はそれぞれ社会全体のことなど考えないで自分自身のためだけに、自分自身の利益になる政策の公約をしている政党に投票する。そうなると、自動的に「神の見えざる手」が作用して、社会に「最大多数の最大幸福」が達成されると主張しました。これがベンサムの予定調和説です(p169~170)。

こういうように「神の見えざる手」を経済以外のことに適用するのも、立派な「資本主義系の保守思想」といえるのです。『ソビエト帝国の最期―"予定調和説"の恐るべき真実』によると、著者の小室氏は予定調和説は「経済と政治だけではく、近代社会のすみずみにまでゆきわたっている(p170)」といいます。

で、前述の朝日新聞天声人語の、選挙を「国民のワンマンショー」としてとらえるという表現は、あきらかに「自分自身の利益のために投票する」というベンサムの予定調和説と同じ考え方でしょう。朝日新聞は、左翼を自称していながら、なぜか90年代あたりから、あきらかにリバータリアン保守のスタンスの記事をおおく書いているとおもえるのですが、この記事は、そのことの一例といえましょう。

ちなみに、日本の90年代の恋愛ブームは「恋愛に興味を持っている人間はモテるはずであり、モテない人間は恋愛に興味がない人間たちだ」と決め付けて叩くということが、マスコミで頻繁におこなわれたブームなのですが、この「恋愛に興味を持っている人間はモテるはず」という考え方も、「神の見えざる手」の論理を恋愛に適用したものにほかなりません。90年代の恋愛ブームは、あきらかにアダムスミスやベンサムの延長にあり、いわば「恋愛予定調和説」といえるものとおもえます。

*「神の見えざる手」についてよくご存知でない方は以下のページにまとめてありますのでお読みください。「恋愛に興味を持っている人間はモテるはず」という考え方が、なぜ「神の見えざる手」の論理なのかということも、もっとくわしく書いてます。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/8352/koutoko.html
(親サイト『ワンダバステーション』内の『公と個の論争の検証』)

補足:資本主義と社会主義の折衷的な「福祉国家」の成功例であるデンマークは、は雇用政策が進んでいて、ニート・フリーター問題の解決のヒントがあると思えます。デンマークの雇用政策にくわしく知りたい方は以下の日記をどうぞ。
『現実的な社会変革』(過去の記事です)
http://blogs.yahoo.co.jp/wandaba_station/55262715.html