絶対王政と天皇制

さて、本サイトでは、共産主義リベラリズムがなぜ左翼なのか? また資本主義がなぜ右翼なのか、についていままで述べてきました。今回は天皇制はなぜ右翼なのか?という部分について述べてみようとおもいます。

このサイトで何度も触れていますが、共産主義者たちは「人類の全歴史は階級闘争の歴史であった」と考え(マルクスエンゲルス著『共産党宣言』参照)、歴史は階級が消滅していく方向にすすむと考えました。これが左翼の基本的な考えで、この考えにのっとって「奴隷制封建制→資本主義→社会主義共産主義」という順に時代がすすむと考えます。

このうち、社会主義共産主義へと到達するまでの準備段階(共産主義の第一段階)として考えられます(三省堂提供「大辞林 第二版の「社会主義」の項参照)。
そして奴隷制封建制→資本主義の3つの段階は社会的な階層が生じることを是認する社会ということで、右翼と定義され、それから先が左翼と分類されるのです。

日本で右翼というと、やはり宣伝カーで軍歌を流して町を回っている人たちのことをさすのが一般的ですが、なぜ彼らが右翼なのかというと、彼らは戦時中の大日本帝国憲法明治憲法)における天皇の扱いに正当性があると信じている人たちだからです。
明治憲法天皇主権であり、天皇には天皇大権という絶対的な権限があります。明治憲法における天皇の扱いは共産主義者が封建主義の末期状態と考える「絶対王政」に通じ、よって天皇制は封建主義であり、右翼に分類されるわけです。

封建主義が行き詰まりを見せ始め、貴族が没落し、ブルジョアジーが勃興すると、国王は両勢力を押さえ込むために絶対的な権限を打ちたてようとします。これを共産主義者は「絶対王政」という状態だと分析します(ウィキペディアの「絶対王政」の項を参照)。

戦時中までの日本における天皇制は、この絶対王政の日本版であると左翼は考えます(内外の左翼が天皇制を絶対王政として分析したということは、有名な本では小熊英二『<民主>と<愛国>』の125ページを参照)。最近、国内マスコミで左翼を自認している人たちは、このへんの理由があまりわかっていないような気がしないでもないような…。
日本国内で戦時中の日本の体制に戻そうとする右翼勢力は、日本をこの「絶対王政」の状態に戻そうとしているわけで、それゆえに封建主義者であり、右翼と分類できるのです。

資本主義を左翼だと勘違いしている日本国内の一部の人たちは、こういう部分がぜんぜんわかっていないのではないかとおもえ、それゆえに個人主義が左翼だと勘違いしたのではないかとおもいます。社会の階層をなくすのが左翼であり、天皇制は封建制に属するので右翼になるというのは基本ではないかとおもえます。

で、特撮ものになんにも触れないのもなんなので(アクセス数激減するし)今日のゲキレンジャーについてですが、なかなかよかったですね。ベストキッドの修行を彷彿とさせましたが、ちゃんと技が破られる理由づけとかも考えられててなるほどという感じでしたね。アクションがかなり本格的にクンフーになっているのもよかった(そのうえで、殴ったりするたびに少しズームをぴくっと動かすというような、いかにも東映らしいカメラワークなのもいい)。ずっとこの調子でいったくれたらいいのになあ。