ハリウッド映画への誤解

さて、今でている『週間金曜日』は、ややおくれながらも派遣村の好意的な大特集をやっています。ここのところ一部マスコミ(主に産経新聞)でおこなわれた派遣村叩きをけん制するような、痛快な特集ですね。

ちゃんとこの特集では派遣切りの問題を「構造改革によっておこった人災」としてとらえていたのには納得でした。
また佐高信が最近の朝日新聞の右傾化(市場原理主義肯定)を正面切って批判したのもよかったです。今の朝日が、もうすでに左翼ではないことをようやく週間金曜日も理解したみたいで安心しました。

また、これはよそのブログで読んだ話ですが、勝谷誠彦という人がラジオで派遣村について「ウラで野党や労働組合から金が回っている」などと批判していましたが、この派遣村はそもそも労働運動なわけであって、労働組合共産党が労働運動を支援するのは当然のことであって、なにが問題なのでしょうか? 労働運動をやらない労働組合労働組合じゃないでしょう。
労働問題というのは共産主義につうじることなわけであって、それを共産党が支援しなかったら共産党とはいえないですよ。労働組合共産党派遣村の援助をするのは、本来の性質に則ったことであって、なにが問題なんでしょうか??

こういうことがわかってない人間がいまだにマスコミで「文化人」などと称して発言しているという現在の日本の実態は、やはり90年代の日本において、資本主義(市場原理主義)が左翼であるかのように誤解されていたことがおおきいでしょう。

そういう誤解を解消しようと、ついに越智道雄が動いたといえる本が、集英社新書の『オバマ・ショック』(越智道雄町山智浩の共著)なのではないかとおもいます。

この本で、資本主義(=個人主義)が右翼であり保守主義であることについて触れている箇所は、主にp21~23のオクラホマ・ランドラッシュについて説明した部分と、p55~57の極右武装勢力ミリシアについて説明した部分です。このへんは、90年代のマスコミの「公と個」の論争にどっぷりつかってしまった人たちには、かなり衝撃的な部分ではないでしょうか。

そういうアメリカの保守主義、すなわち個人主義(=資本主義)というのは、この本では北アイルランドからきたプロテスタントのスコッチ・アイリッシュが源流だとされています。このスコッチ・アイリッシュというのは、カルヴァン派の長老派に属するのですが、それがこの『オバマ・ショック』でははっきり書いていないのは、少々残念な部分です。オバマ就任にあわせて、かなりあわてて出した本のようなので、細かいところまでチェックできなかったんでしょうか。
スコッチ・アイリッシュが長老派であるということについては、越智道雄が『オバマ・ショック』の直前にだした『誰がオバマを大統領に選んだのか』(NTT出版)のp130に書いてありますが、こういう記述が『オバマ・ショック』にもほしかったですね(ちなみにウィキペディアの『長老派』の項にもこのスコッチ・アイリッシュのことは一応書いてあります。こちらは「スコティッシュアイリッシュ」と表記)。

そして「神の見えざる手」といわれる市場万能主義を考えたアダム・スミスも、実はこの長老派のカルヴァン主義者だったのです(副島隆彦『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』p346より)。

欲をいえば、アダム・スミスが長老派のカルヴァン主義者だということを、ちょこっとだけでも『オバマ・ショック』でふれておいてほしかったですね。こういうことを言い出すときりがなくなって申し訳ない気分になりますが。

「神の見えざる手」とは、この『オバマ・ショック』でもp20でふれており、最近やっと一般的にも有名になりましたが、ようするに「自己利益のみを考えた自由競争によって社会が豊かになる」という資本主義の基本的な考え方です。

最近、日本国内でハリウッド映画の客足が減っているという報道がされますが、これも911以降、日本のマスコミが、大半のハリウッド映画を保守派がつくっている作品だと勘違いして報じた場合が多かったことが起因しているとおもえますね。『オバマ・ショック』でハリウッド映画について触れている部分は、こういう誤解を抱いている人には、ぜひ読んでほしい部分です。

この本にもあるように、本来はハリウッドというのはリベラル派の人間がおおく保守派とずっと対立している集団なのだそうです(p139)。こういうことは、すでに副島隆彦の『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ(下)』(講談社)でもかかれていますが、副島隆彦の本は、基本的に著者が資本主義の保守派なので、ハリウッド映画をリベラル派の作品と紹介したうえで、ボロクソに批判しています。しかし、『オバマ・ショック』は、ちゃんとリベラル派の観点から書かれているのがいいですね。

そして、ハリウッド映画のもつ理想主義や明るさというのは、前述のカルヴァン主義の保守派が唱える悲観的な予定説への抵抗らしいです。このことは『スターウォーズ』を例にしながら、町山氏と越智氏の両氏によって説明されています(p130~)。

この本の町山氏の発言によれば、ハッピーエンドと同様の意味の言葉として「ハリウッドエンディング」という言葉があるそうです。これはハリウッド映画が楽観的で理想主義的なエンディングを迎えることがおおいことから発生した言葉で「世の中そんなにうまくいくわけがない」という場合に揶揄的につかわれるとのことです(p182)。

ハッピーエンドがおおい大半のハリウッド映画は、それ自体が保守派の信じているカルヴァン派プロテスタントの予定説のもつ「暗さ」への反発を象徴しているわけです。ハリウッド映画が理想主義的で明るいというのは、実はそれ自体が保守派アメリカ人の価値感への抵抗の象徴だったのです。

だた、この本で町山氏の発言でちょっと「?」だったのはケネディについての発言ですねえ(せっかくいい方向へ転向してくださったのに申し訳ないですが)。この本のp50では本来は共和党のほうが戦争をいやがるということがかかれてあり、そのうえで例として民主党ケネディのときにベトナム戦争がおこったという話がでてきますが、こう大雑把にくくってしまうと、まるでケネディが戦争イケイケの人みたいに読めてしまうようにおもいます。
共和党が戦争をいやがったのは副島隆彦『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』p56~58によれば第二次大戦前までの話みたいなんですけどねえ。)

一般的にケネディは「核戦争一歩手前」といわれたキューバ危機を政治手腕で回避したことや、ベトナム戦争ケネディは撤退しようとしていて、それで暗殺されたということは有名なので、けっして「戦争イケイケ」ではなかったとおもうんですが(それゆえにいまだに英雄扱いだとおもうんですが)、あの書き方では誤解をまねきますよ。
(さらにいえば、南ベトナムアメリカが「ドミノ理論」を根拠に経済、軍事両面で支援したのはアイゼンハワー政権のころからで、ケネディはそれを引き継いだのだから、アメリカの南ベトナムへの干渉はアイゼンハワーのころからだとおもうんですけど。)

ともあれ、ハリウッド映画への誤解がとければ、また日本国内でもハリウッド映画にも客足がもどってくるでしょう。それより心配なのは、こういう日本人の勘違いをハリウッド映画人たちが気にして日本市場受けをねらっているのかどうかわかりませんが、最近暗くて陰険な映画を作り始めるような傾向が見られるのでそれが心配ですねえ。

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補足:資本主義と社会主義の折衷的な「福祉国家」の成功例であるデンマークは、雇用政策が進んでいて、現在の日本の雇用問題の解決のヒントがあると思えます。デンマークの雇用政策をくわしく知りたい方は以下の日記をどうぞ。
『現実的な社会変革』(過去の記事です)
http://blogs.yahoo.co.jp/wandaba_station/55262715.html